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或る光栄

In case of die.

ブログに綴っている内容は勤務する企業とはいずれの関わりもありません

今週のお題「好きな街」 新宿歌舞伎町

今週のお題「好きな街」

 わたしが高校一年の時に、なぜかサッカー部を中心にして歌舞伎町でバイトをする事が流行っていました。(わたしはサッカー部に所属する少年でした。)

 

 わたしは歌舞伎町のさくら通りが突き当たる場所の手前に店を構えていた「丸喜」と言う青果店で、高一の冬から高二の夏ごろまで、そこでバイトをしていた。

 今でもときどきつまらない用事で新宿三丁目あたりから西武新宿に抜けて家へ帰る時は、区役所通りから風林会館の前を通ってさくら通りあたりも覗くようにしている。

 建物はどんどん新しくなっているが、活気は昔の方があったように思う。

 

 わたしの具体的なバイトの内容は、青果店から食材になる野菜や果物を、キャバレー、クラブ、パブ、サパークラブなどへ届けて、現金客なら集金も含めて行う事が主なバイト内容だった。

 わたしが働いていた時は、往年のグランドキャバレーがまだ残っていて、実際にさくら通りの突き当たり付近には歌舞伎町不夜城なんかがあったのだと記憶している。

 二丁目に上がっていく曲がり角には、いなか と言う割烹なのか小料理屋なのか、かなり大きな和食のお店もあった。

 

 

 

 若くて自分で言うのもアレですが、マスクも悪くない方だったので、お店の女性陣にはモテました。

「筆おろししたげる」なんて何回言われたか分かりません。

 

 そこから話がつながって、(謎)今度はグランドキャバレーのプロ歌手の前座をする事になりました。

 学校もクラブ活動もあったので、基本金曜と土曜の夜だけでしたが、青果店でバイトした二週間分ぐらいのバイト賃を週末の二日間で稼ぐぐらいそのキャバレーは景気がよかった。

 他にわたしを「Boy」と呼んでくれる常連さんからおひねり(チップ)を頂戴することもありましたよ。

 この頃は本当に景気が良くて、万札を上着の胸ポケットに突っ込まれることもしばしばでした。

 田端義夫さん、西川峰子さんの前座もやりましたね。いろいろ楽しい高校生活でした。

 このバイトは高三の春ごろまで約一年続きました。

 

 いま「Boy」はわたしのハンドルネームになっています。

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