レパルスの海でボーッとする
要人警護の仕事が終わった日は、珍しく署内で打ち上げがあった。
日本式のカラオケパブが会場になって、ボクもおだてられるがままにスキヤキを歌ったりしていつになくリラックスして過ごしたのだった。
その店のメニューポップが広東語で書かれていたのだけど、つづりがおかしくて途中から打ち上げどころじゃないぐらい気になって気になって仕方がなかった。
たとえば、
みなさんとびきりの日本食を楽しんでください
って本当は書きたいのだろうが
わたしは飛び乗って日本式の食事を楽しみました
と言った具合にずいぶんな感じだった。
打ち上げをさておき我慢出来なくなったボクは店のマネージャーに少し酔ったフリをして間違いを指摘した。シラフでこんな事してるとバカだと思われそうなので、酔ったフリをしたままマネージャーにポップ紙とサインペンを持ってこさせてそのままガリガリと広東語でメニューポップを書いてやった。
マネージャーはネパール人だったようで、恐縮した様子を見せながらナマステとアリガトゴザイマシタを繰り返した。
署内の仲間連中はそんな様子を見ながらもカラオケに余念がなく合いの手を入れたりタンバリンを叩きながらボクの顔にサインペンで落書きする真似をしている。
本土から研修で来ている女の子はやはり広東語が苦手らしく、あとからちょうどいいとばかりに紙とペンで北京語との違いを質問して来た。
そうして2時間半ばかりの打ち上げをしてその日は解散になったが、せっかくの打ち上げで禁酒を強いられた夜勤組はそのまま署に戻っていったのだった。
数日後、ボクはスタンレーで開かれる祭りの警備打ち合わせに応援で駆り出された。当日は配備されないからいわば会議の人数合わせ要員なのだ。
そんな仕事と呼んでいいのか分からない任務の帰り、レパルスベイに寄り道した。
3月で季節にはいくぶん早いが、ひと気の少ない今の時期に見る白い波間がなんとも言えずに心を落ち着かせる。
この白い砂は遠く南仏あたりから運ばれて来たのだろうか?
ここ香港に初めて出現した人口の浜だ。
欧州人の有産階級が自分たちの為に開いた。
ただ今はもうそんな事はなく、庶民層が誰でも楽しめる砂浜に変わった。
香港で少し開けた場所は少なからず歴史のいわれのようなものがある。
それを少しも悲しいとは思わないけれど、そう言った場所に来たとき歴史を振り返り考えずにはいられない。
そんな物思いにふける時に、自分はどんな顔をしているのだろう。
きっとつまらない顔している。
そう オレはつまらない男なのさ
と、フッとため息が流れる。
君を水面に映していたレパルスの海。