或る光栄

In case of die.

ブログに綴っている内容は勤務する企業とはいずれの関わりもありません

カンボジア シェムリアップ

 18時過ぎにシェムリアップへ入りました。

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 そんなに高いホテルではありませんが、なかなか良い部屋です。

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 となりのコネクティングルームには両親がいます。来年80歳になる両親の面倒を見ていて…

 かなり疲れました。

 明日はアンコールワットへ向かいます。

ベトナム ハノイ

 成田1830の便でハノイに入りました。

 現着2230ぐらい。日本時間-2H。荷物を受け取り、送迎サービスでホテルに入ったのが2315頃。

 JALの機内はなかなか快適。機内食はRED35というシェフが選りすぐったものが出てまあまあ美味しかった。

 機内エンタメの運び屋とハンターキラーを観賞していたら時間が過ぎるのも早く感じた。

 明日はハノイフリー、明後日ハノイからハロン湾。翌日からカンボジアシェムリアップに入ってアンコールワットの遺跡めぐり。

 5日に日本へ戻ります。

 ちなみにまたエクスペディアでの個人的な旅行です。

 旅のあいだは備忘録的にブログアップします。

 

 

マッキントッシュのパソコンが欲しい

 今日は朝生で外国人労働者問題の会なので、ちょっと長文のブログをやろうと思ったのですが…iPhoneでピコピコやってると夜が明けそうな感じなので断念しました。パソコンはノートを自宅のwifiに繋いで使ってたんですがだいぶ前にハードがクラッシュして、それから自宅ではレス状態です。

 いま外国からの労働者受け入れで国会でもやってるんですが、いったいどれだけの人がいわゆる底辺の仕事をする外国人と働いたことがあるのでしょう。ってわたしは経験あるよってマウントしたい訳ではないけど。30年ほど前に建設現場にずっぽりハマってたとき。その頃も今思えばバブル期の後半だったので現場は人手不足で簡単な作業はフィリピンの男性達が担い手だった。すでにその頃はジャパゆきさんと呼ばれたフィリピン人女性たちが大挙日本に流入して働いており、そりゃ女衒みたいな男性もいたわけです。だから違法なステイ状態で働かせるネットワークは存在していました。それでコンクリートを打ち込むポンプ屋さんや鉄筋工(タスクワーカー)などにたくさんのフィリピン人男性がおりましたね。特別な感想はないです。

 あとは華僑の人がマレーシアやシンガポールから来てました。華僑も古くから日本にネットワークがあったから当たり前っちゃ当たり前でした。

 30年前って言うとQC活動なんかもまだまだ主流にはなってなくて技能の低い外国人労働者がけっこうてきとうな事をしていましたね。嫌な歴史です。あとは中国人の実習生がいましたけど、これは中国政府が派遣したエリートで正規の労働留学生でした。その留学生の方に三協アルミの職人の親方がよかれと思って残業の時給1,300円を単位で支払ったら大変な問題になっていたようです。当時の中国は非常に貧しかったので、留学生が1日3時間くらい残業して稼ぐ金は中国政府を通さないお金だったみたいでそれは中国ではひと月の稼ぎに相当し、しかも闇の稼ぎ。中国政府からアルミ屋さんに抗議が入ったとか。

 

建設現場って言うと結果的終局的にいまでも手作りになります。どんなに大型の構造物でも。

 そして元請け下請け孫請けひ孫請けなどが存在する重層構造です。それでむかしもいまも、外国人労働者受け入れ企業は四次下請けくらいのひ孫の下になるような気がします。

 わたしは働く環境を高めてきたので今現在外国人労働者と働くことはありません。あるとしたら国に帰れば先生と呼ばれるエリート層だけです。

 

 今回の外国人労働者受け入れの法案は、むかしやっていた違法まがいなステイワーカーを法の括りの中に入れていちおう国の出入国管理に拡大解釈的に含ませようとしているだけですね。

 製造現場にしても実労を担っているのは製造請負の下請けなわけで、そう言うところに外国人が大挙入って行くのでしょう。

 

 いまは若い人たちの大半は仕事を選び過ぎなんだよね。それで不足しているところに外国人労働者が入っていく。多少苦労して技能や技術を高めて結果的に自分の功に繋がっていくような働き方を若い人たちは選ばない。いきなりキレイな仕事ばっかりに走る。能力相応なのならべつにいいんだけど。

 外国人労働者問題って言うのは日本人の若者の働き方問題そのものなんだと思う。ベトナムの活気にそのうち負けちゃうよ と。


 まぁiPhoneピコピコなのでここら辺で。

忘れると言うこと

 今夜は何故か寝つけないなと寝台で2時間ばかり無駄な逡巡してました。

 ハタと眠れない原因を考えてたら薬を忘れていたのでした。今は薬が薄ぼんやりと効いてきていてぼうっとした意識でブログをやっています。

 こうして生活や日常の連続にある出来事はよくおっちょこちょいで忘れる事もあるのです。


 しかし過去に経験した痛みにはいつまでもいつまでも抱きついてしまっている。時間が経つにつれ痛みが緩やかになることもあるが、痛みに慣れることはない。それで時々夢を見て、痛みの根源である夢の事象に塩を塗り込んで、くそったれって罵ったり。

 

 そう言う生き方なんてやめろと人は言うけど。

 もう今更変えようがない。今はどうしたら痛みから逃れられるのか、最初から関わらないでおこうとか、あのときこうだったから違う対応を経験から導き出そうなどと前向きに考えられるようしていってるけど

 どうしても忘れられない。痛みから逃げない。

追いかけられて

 ここ数日浮かばれません。

 古い昔の夢ばかり、レム睡眠中に見ます。

 だいたいが古い昔の仕事の話で、そんな30年近く前に関わって来た人々の夢ばかりです。

 これをやられていたら嫌だなって、まぁ実際にはそうなっていないか裏でそう言う話になっていたのか。もう済んでしまって仕方のない話を俯瞰的な立場で眺めている夢です。

 この人はそう言う人だな、或いはそう言う人だったなって先入観で夢を見ているんだと思う。

 俺は自分の根底に呼びかけても自分は悪人って答えは出て来ない。人を嵌めようとか貶めようなんて考えは浮かんで来ない。昔も今も。


 自分は大概恵まれていたんだなって考える。

 お人好しなのかって言われると、ちょっと答えに窮するけど。

 ゴーンさんとかいま問題になってますね。

 会社の人なのに何故ああいう風に振る舞って来たのか。到底理解できない。

 苦しいなって時に社会との契約をいかにして守り続けるのか。それはその人間ひとりひとりに掛かっている。俺は清冽な青春をまだ捨てたくはない。ただそれだけなのだ。

南国土佐を後にして

 1959年の映画作品です。もちろんわたしも生まれていません。かつてマイトガイと呼ばれた小林旭さんが主演しており、ヒロインは浅丘ルリ子さんです。監督も斎藤武市さんなので日活渡り鳥シリーズの原型になったものと思われます。

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 大きな歴史のうねりが過ぎ去った日本にあって、前科持ちの悲哀が色濃く土佐高知の風景が郷愁を誘います。

 主人公ジョージの兄が神風特攻で命を落としてしまった設定になっています。小林旭さんがダブルキャスト。1959年です。なんていうか時代です。戦争が済んでまだ15年も経っていません。でも映画は総天然色です。カラーです。

 日本はまだ小さくて貧しい。そんな中にあって情熱がほとばしってます。

 CSの放送で、よく渡り鳥シリーズは観ていたのですが南国土佐を後にしてはamazonプライムビデオで視聴しました。もう10年以上プライム会員なんですけどプライムビデオを視聴するのはここ一年ぐらいで南国土佐の前はマンチェスター・バイ・ザ・シーを観たぐらいです。マンチェスター・バイ・ザ・シーも良い映画ですね。最初監督もやってるベン・アフレックが出てるのかと思ったらケイシーの方でした。ケイシーいいよね。

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 最近自分の観てる映画は強くはないけど緩やかなカタルシスがあるものが多い。なぜ強くないかと言うと出てる人が大人で現実を受け入れて生きているからだと思う。その現実離れしていない緩やかなカタルシスが胸に心地よくてつい何回も観てしまいます。まぁiPhoneの小さな画面なんですけど。

 小林旭さんのシリーズは定型美があって好きです。やっぱり芸事やってるならこれは外せないって型を持っている人が強いんじゃないでしょうか。


 また夜中にブログしてます。0時や2時頃にチェックしてくださる方々もいるので。

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